編物もしたい、パッチワークもしたい。したいしたいばっかり。
自分の時間を取れない情けなさ。なんか、イライラする。
イライラが子どもに向かっての声になる。「ちゃんとしなさい!」
「早くしなさい!」「何やってんの!」いけないと思いつつ、つい口走ってしまう。
どんなにいじわるに怒っても「ママが一番大好き♪」って言ってくれる
ムスメに申し訳ないと思う。
nyankoは母親が嫌いだった。
ちっちゃい時から甘えたことなどなく好きだなんて思ったこともない。
今は自分も親となったのでさすがに嫌いとは言わないが別に好きじゃない。
実家で私が5年生にもなるのに子どもをだっこしていたら
「nyankoのことはこんな風に抱いたことがない」と言ってた。
本人がやってないと言うんだもの、私に記憶にあるわけがない。
子育てをしながらずっと思ってきてた。
「あんな母親にだけはなりたくない」と。
母は仕事をしていたので家にはおばあちゃんがいて
食事のしたくなんかをしてくれていたので特に不自由は感じなかった。
幼稚園の頃、みんなはお母さんが自転車でお迎えに来てくれるのに
私だけ、歩いているおばあちゃん。ちっちゃいながらも恥ずかしかった。
夜母親に「おばあちゃん、いつ死ぬん?」って聞いていたらしい。
おばあちゃんが死んじゃうと母が家にいると思ったのだろう。
おばあちゃんは元気だったのでnyankoが30歳になるまで生きていた。
母は私が思うように切なかったのだろうか?何か感じていたのだろうか?
かなぴーはずっとかぎっ子。でも文句をいわない。
結構、職場の仲間にも会わせたり会社にも連れて行ったりして
社会で生きることの大変さも教えてきたつもり。
不安定なとき「ママ、おうちにいて」って言ってたこともあったけど
私は自分でいっぱいいっぱいで「お仕事だから」を繰り返してしまった。
今や「ママお仕事やめておうちでいようかなぁ~」と言うと
「かわいいお洋服が買えなくるからお仕事行って。」だと。
すっかり金づるです。。。(苦笑)
で、取れない自分の時間。
さあ、どこで作りましょう。
自分の時間=一人になりたいってことかな?
もしかして誰にも邪魔されず、寝っこけることだったりして・・・。
茶化しちゃったけど、結構真剣にイライライライラ・・・です。
自分の時間を取れない情けなさ。なんか、イライラする。
イライラが子どもに向かっての声になる。「ちゃんとしなさい!」
「早くしなさい!」「何やってんの!」いけないと思いつつ、つい口走ってしまう。
どんなにいじわるに怒っても「ママが一番大好き♪」って言ってくれる
ムスメに申し訳ないと思う。
nyankoは母親が嫌いだった。
ちっちゃい時から甘えたことなどなく好きだなんて思ったこともない。
今は自分も親となったのでさすがに嫌いとは言わないが別に好きじゃない。
実家で私が5年生にもなるのに子どもをだっこしていたら
「nyankoのことはこんな風に抱いたことがない」と言ってた。
本人がやってないと言うんだもの、私に記憶にあるわけがない。
子育てをしながらずっと思ってきてた。
「あんな母親にだけはなりたくない」と。
母は仕事をしていたので家にはおばあちゃんがいて
食事のしたくなんかをしてくれていたので特に不自由は感じなかった。
幼稚園の頃、みんなはお母さんが自転車でお迎えに来てくれるのに
私だけ、歩いているおばあちゃん。ちっちゃいながらも恥ずかしかった。
夜母親に「おばあちゃん、いつ死ぬん?」って聞いていたらしい。
おばあちゃんが死んじゃうと母が家にいると思ったのだろう。
おばあちゃんは元気だったのでnyankoが30歳になるまで生きていた。
母は私が思うように切なかったのだろうか?何か感じていたのだろうか?
かなぴーはずっとかぎっ子。でも文句をいわない。
結構、職場の仲間にも会わせたり会社にも連れて行ったりして
社会で生きることの大変さも教えてきたつもり。
不安定なとき「ママ、おうちにいて」って言ってたこともあったけど
私は自分でいっぱいいっぱいで「お仕事だから」を繰り返してしまった。
今や「ママお仕事やめておうちでいようかなぁ~」と言うと
「かわいいお洋服が買えなくるからお仕事行って。」だと。
すっかり金づるです。。。(苦笑)
で、取れない自分の時間。
さあ、どこで作りましょう。
自分の時間=一人になりたいってことかな?
もしかして誰にも邪魔されず、寝っこけることだったりして・・・。
茶化しちゃったけど、結構真剣にイライライライラ・・・です。